三浦大知が語る、ソロデビュー13年の変遷と未来 「日本の音楽の面白さが世界に伝わったら」|にゅーじっく

2018年03月10日

三浦大知が語る、ソロデビュー13年の変遷と未来 「日本の音楽の面白さが世界に伝わったら」

1: 名無しさん 2018年03月10日 10:00:55 ID:0.net

三浦大知が語る、ソロデビュー13年の変遷と未来 「日本の音楽の面白さが世界に伝わったら」

三浦大知が、3月7日にベストアルバム『BEST』をリリースした。昨年は様々なテレビやメディアに登場し、2018年に入ってからは2月に日本武道館2days公演を大成功させるなど、より広く世間から注目される存在となった三浦。2005年のソロデビューシングル「KeepItGoin’On」から最新曲「DIVE!」まで、これまでのキャリアが網羅された同作品は三浦大知にとってどんな意味を持つのか。ソロデビューからの13年の歴史を辿りながら、エンターテイナーとしてのこれまでとこれからについて聞いた。(編集部)【ページ最後にプレゼント情報あり】

■「素の自分を見せられる方がかっこいい」

ーーこれまでの全シングルが収録された『BEST』ですが、改めてご自身のソロとしてのキャリアを振り返ってみてどんな印象をお持ちですか?長かった、あっという間だった、など思うところを教えてください。

三浦大知(以下、三浦):過去の曲の並びを見直すと「いろいろやってきたなー」と感じる部分もあるのでそういう意味では長かったとも思いますし、一方では一年一年がすごく充実していたのであっという間だったなという印象もあります。一番強く思うのは、「やっていることは今と昔で変わっていないんだな」ということですね。自分がいいなと思ったことを、三浦大知というチームとしてひとつずつ実現してここまで来ました。そうやってやり続けてこれたことをすごくありがたく思っています。

ーーFolderでの活動を経てソロとして改めて「KeepItGoin’On」でデビューされたのが2005年ですね。もう13年も前のことですが、その頃の心境を少し思い出していただければ。

三浦:「また歌えるんだ」っていう喜びがとにかく大きかったですね。曲のタイトルどおり、「またここからやり続けていくぞ」と希望を感じていました。

ーー「この先こうなりたい」みたいなビジョンは当時お持ちでしたか?

三浦:「あそこでライブをやってみたい」とかっていう願望はいろいろありましたけど、「ビジョン」とか「遠い未来の目標」とかそういうのはなかったですね。先のことを考えるよりも、目の前の小さなことを積み重ねていくのが大事だと思っていました。その考え方は今でも変わっていないんですけど……当時から今まで自分の思いの根底にあるのは、「オリジナルな存在になりたい」というのと、あとは「誰かにとっての気づきになるようなエンターテインメントを作りたい」ということですね。そういう気持ちを軸にして、その時々で何ができるかを模索してきて今に至る、という感じです。

ーー「気づきになるエンターテインメント」というのは面白い考え方ですね。三浦さんの音楽を聴くことで視野が広がったりするような……。

三浦:はい。「自分ってこういう気持ちになれるんだ!」とか、「自分はこう考えていたけど、反対側から見るとこんな景色が見えるぞ」とか、そういうことに気づく時って、人生においてすごく豊かな瞬間だと思うんですよね。自分の表現を通じてそういう場面をたくさん生み出せたらいいなと常に考えています。「大知くんはこう歌っているけどわたしはこう思う」でもいいですし、自分と向き合うきっかけを提供できたらいいなと。

ーーなるほど。今もお話いただいたとおりデビュー時から今まで一貫した考え方で活動されているかと思いますが、『BEST』の収録曲に目を向けると、「music」を始めとした『FEVER』の収録曲あたりから肩の力が抜けてきているような印象を受けました。もしこのあたりでの心境の変化などあれば教えていただけますか。

三浦:『FEVER』の頃は、年齢的にも30歳に近づいていく中で、変にかっこつけるよりもナチュラルな感じの方がかっこいいんじゃないかなと思うようになってきたタイミングだったかもしれないですね。

ーーそれ以前は「外向きな自分」みたいなものを意識している部分もあったんでしょうか。

三浦:どこかでそういうのもあったような気がします。『FEVER』の前に『TheEntertainer』っていうアルバムを出しているんですが、あの頃はタイトルで風呂敷を広げてしまった手前もあるので(笑)、「かちっとしたものを見せよう!」みたいな意識が強かったんですよね。もちろん今でも人を楽しませるもの、エンターテインメントとして成立するものを作ろうと思ってやっているんですが、ひとりの人間として長く歌って踊っていくためにはもっと自然体の自分を出していってもいいのかな、と思い始めていたのが『FEVER』をリリースしたあたりの時期だったと思います。

ーー『FEVER』が出た翌年の2016年に、『トットてれび』(NHK総合)にチャップリン役で出演されていたじゃないですか。あれ、すごく面白かったのでいまだに録画してあるんですけど。

三浦:(笑)。

ーーチャップリンもそうですし、去年は『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)もありましたし、この前は『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)でノリツッコミみたいなことをさせられていましたが……。

三浦:あれは……本当にどうしたものかと思いました(笑)。『Mステ』でこんなことさせられるのかと(笑)。

ーー単にメディアでそういう企画が多くなっただけというタイミングの話もあるとは思いますが、最近は今お話にあったような「かっこつけすぎない三浦大知」を見せる機会が増えてきていますね。

三浦:素の自分を見せられる方がかっこいい、みたいなモードには間違いなくなってきていると思います。あとは先輩方の影響もあると思いますね。たとえば(笑福亭)鶴瓶さんとか、あんなキャリアのある方なのに誰に対しても壁を作らないんですよね。あの感じは本当に粋だと思うし、ああいうふうになりたいというのはすごくあります。

ーーなるほど。三浦さんにとって『A-Studio』(TBS系)で鶴瓶さんと共演したのは大きかったんですね。

三浦:大きいですね。あの時がほとんど初対面だったのに、自然と「鶴瓶さん!」とか言えてる自分がいたんですよね。ステージの裏でも、僕が席を外しているちょっとの間にダンサーたちと友達みたいに話していたり……(笑)。ああやっていろんな人とフラットに接する姿勢には学ばせてもらうところがたくさんあります。

■「“報われない”と思ったことがない」

ーー今回のベスト盤には新曲「DIVE!」も収録されています。ダンサブルなこの曲を聴かせていただいて、「みんなが考える三浦大知」を体現している楽曲だなと思いました。

三浦:はい、まさにそこを目指しました。「DIVE!」は「ベスト盤を経ての三浦大知の次の一手」ではなくて、「ベスト盤に収録されている楽曲と並んだときに違和感のない新曲」をイメージして作ったものです。これまで積み重ねてきたものの延長線上にある、つまり「三浦大知っぽい」感触がある、でも今まで聴いたことがない、そういうバランスを開拓できたら面白いなと思っていました。

ーー「三浦大知っぽい表現」というのを三浦さんがあえて言語化するとどういうものになりますか?

三浦:そうだな……「音から動きが見えるもの」じゃないですかね。曲を聴いたときにダンスがイメージできる、そういう音楽が三浦大知らしいものなのかなと。

ーー確かに楽曲からビジュアルが思い浮かぶのが三浦さんの音楽の特徴かもしれないですね。「DIVE!」のMVはマイケル・ジャクソン「BlackorWhite」のオマージュから始まります。ここまでのキャリアを総括する作品というところからご自身のルーツに絡めたアイデアが生まれたのでしょうか。

三浦:「DIVE!」のMVはこれまでのシングルで作ってきた映像の要素を全曲分何かしら入れる、つまり「自分で自分のオマージュをやる」というコンセプトで作ったんですけど、その最初に自分が強く影響を受けたもののオマージュをやったら面白いんじゃないかと思ってああいう形になりました。

ーー「DIVE!」の歌詞には<向かい風><追い風>という表現がありますよね。これに関連してお聞きしたいんですが、三浦さんはこれまでの活動の中で「向かい風」のようなものを感じてしんどかった時期はありましたか?

三浦:向かい風……うーん、どうだろうな。「TheAnswer」の頃に自分の声と改めて向き合い直すみたいなことがあって、それはそれで大変でしたけど「向かい風」とはまた違うかな。後ろ向きな気持ちになっていた時期は正直あまりないです。常に「その状況を楽しもう」と思いながらやってきました。

ーーなるほど。少し角度を変えると、今いろいろなアーティストの方が「時代が三浦大知に追いついた」みたいな話をされているじゃないですか。先日の武道館のライブでの宇多丸さんの「正義は勝つ」という発言も印象的だったんですけど、おそらく皆さんそれぞれの立場で、三浦さんがハイレベルなことをやっているにもかかわらずなかなか報われないというような状況にやきもきされていたんだと思うんですよね。そんな中でご本人はどのように感じていたのかなと。

三浦:僕としては、そもそも「報われない」と思ったことがないんですよね。小さな積み重ねだったかもしれないけど、「ずっと上がってきている」っていう感覚なんですよ。ライブに関しても、東京で小さいところでやって、大阪でもできるようになった、名古屋にも行けるようになった、会場も大きくなってきた、こんなところにも呼んでもらえるようになった、って先に進んでいる実感があったので……だから、「報われない」とか「伝わらない」とかそういう感情はあまりなかったですね。

ーー常に右肩上がりだったと。

三浦:はい、自分としては。周りで見ていた方には「地道だな……」と思われていたかもしれないですけど(笑)。ありがたいことに以前から「三浦大知、もっとこうなったらいいのに」というような言葉を掛けていただけることが多かったので、そういう方々からするともしかしたら物足りない部分もあったのかもしれないんですが、僕としては「今度はこんなチャンスがきたぞ」っていうのをチームでひとつずつクリアしてきた結果としてここまで来れた、という印象ですね。

ーー最初にお話しいただいた「大きな目標を立てるよりも、目の前の小さいことを積み重ねていくことを大事にしたい」という考え方だったからこそ、そういう心境でいられたのかもしれないですね。デビュー当初から「天下とってやる!」みたいなことを目標にしていたらまた違う感じ方だったのかもしれないですけど。

三浦:そうですね。

ーー三浦さんよりも三浦さんを応援してきた人たちの方が、今の状況に対して「ほら見ろ!」と思っているかもしれないですね(笑)。

三浦:そうかもしれないですね。長く応援いただいている方々には本当に感謝していますし、この先も皆さんが「三浦大知すごいだろ!」って胸を張って言い続けられるように頑張っていくことが恩返しなのかなと思っています。

■「三浦大知という遊び場で楽しんでもらえたら」

ーー三浦さんはご自身の作品や活動について話される際に、「三浦大知」ではなく「三浦大知チーム」という表現をよく使われますよね。そういう言葉を使うアーティストは必ずしも多くはないと思いますが。

三浦:僕自身全部ひとりでやれるタイプではないので、「チーム」とか「プロジェクト」でエンターテインメントを作っているんだなというのはいつも思っていることです。少しずつ活動を積み重ねていく中で、いろんな魅力を持った仲間とだんだん出会っていくんですよね、『ワンピース』じゃないですけど(笑)。そういう人たちとものづくりをしていくのは単純に楽しいですし、「やっぱりこの人がいてくれないとこれは作れないな」ということも思ったりするので、日々刺激を受けながらやっています。

ーーバンドのリーダーじゃないですけど、様々な場面で協力してくれる人たちのフロントに三浦さんが立っている、というようなイメージなんですね。

三浦:そうですね。今話しながら思い出したんですけど、「チーム」っていう意識を持つようになったきっかけはKREVAさんとの出会いが大きかったかもしれないですね。KREVAさんはリーダーシップが半端なくて、自分が先頭に立ってどっちに進むかをしっかり示すし、しかもそれだけじゃなくて愛もあって、周りの人に対してもすごく気を使っているんですよね。そういうのを見て、ああやってみんなを引っ張るような人になりたいと思いましたし、そこはすごく影響を受けているかもしれないです。KREVAさんには以前ご自身が出演するフェスのトリのステージにも「大ちゃんはこの景色を見ておいたほうがいいよ、そのうちこういうところでやることになるだろうから」ってゲストで呼んでいただいたことがあるんですけど(『ROCKINJAPANFES.2012』のGRASSSTAGEのトリとして出演したKREVAのステージに三浦大知がゲストとして参加)、なかなかそんなことできないですよね。この先ちょっとずつお返ししていけたらいいなと思っています。

ーーKREVAさんや先ほど名前が挙がった鶴瓶さんもそうですし、チームとしていろいろな人と一緒に活動していることも含めて、三浦さんは自分以外の人と何かをコラボレーションして、そこから影響を受けるということをすごく楽しまれていますよね。

三浦:そうですね。

ーーその辺は最初におっしゃっていた「気づき」ともつながってきますよね。三浦さんの作るエンターテインメントで人に気づきを与えたい、というのと合わせて、三浦さんご自身もエンターテインメントを作る過程でいろいろな気づきを得ているのかなと。

三浦:「自分も気づいていない三浦大知の魅力」みたいなものを自分以外のアーティストの方に引き出してほしい、という気持ちはありますね。もちろん僕も相手に対してそういう存在でありたいですし、コラボレーションに関しては「三浦大知という遊び場で楽しんでもらえたらいいな」というふうに思いながらやっています。

ーー特にこの1年ほどは、かなりいろいろな人たちが「三浦大知という遊び場」で遊びまくっているように思います。

三浦:そうであればすごく嬉しいですね。最初にもお話ししたとおり自分としては「オリジナルなものを生み出したい」という気持ちがすごく強いので、そういう意味でもコラボレーションを通じて周りから影響を受けることは重要だと思っています。「オリジナルなものを生み出す」ためにはまず「何がオリジナルなのかを理解する」ことが必要なわけで、そのためにはいろいろなことを知らないといけないですよね。世の中に存在するもの、他の人が考えていることからいろいろ影響を受けたうえで、じゃあ三浦大知として「まだ世の中に存在しないもの」「誰も思いついていないこと」をどうやって作り出していくか探っていきたいなと。

ーーなるほど。「いろいろ知らないといけない」という話でいうと、三浦さんは普段どういうふうに音楽に関してのインプットを得ているんですか?サブスクリプションサービスで掘ったりとかですか?

三浦:それもしますよ。気に入ったものから芋づる式にたくさん聴けるのはいいですよね。あと最近は人のレコメンドを聴くのが楽しいかな。自分で掘るのとはまた違った発見があって面白いです。

■「日本語の音楽がもっと世界で聴かれるといいなと思っているんです」

ーー先ほど「DIVE!」に関しては「新機軸というよりは今までの延長線上にあるもの」というようなお話がありましたが、今回の『BEST』を経て今後やってみたいことについて、見えてきている部分があれば差し支えない範囲で教えてください。

三浦:自分は結構あまのじゃくなので、ベスト盤っていうある意味で王道の作品を作ったことに対する反動がものすごく来ると思うんですよね。「これ、ほんとに形になるかな?」っていうようなことを思いつくかもしれないですが、そういうものにこそちゃんとチャレンジしていきたいと思っています。

ーー「三浦大知の今後」というテーマを話す場合、最近は「グラミー賞」という言葉が出てくる頻度が非常に高いですよね。あまり遠い未来の目標は立てないというような話もありましたが、三浦さんとしてはグラミー賞に対して現時点でどういうことを考えていますか?

三浦:「グラミー賞を狙っている」ということ自体は嘘ではないですし、チームとして狙えるものはしっかり狙っていきたいという気持ちはあります。ただ、僕としては、「海外で普通に三浦大知の音楽が認知されている、新曲が出たら自然と世界中の音楽好きの人たちの話題になる」というような状況になったらいいなという思いが先にあって、「そうなっていたら自然とグラミー賞をとるような存在になっているだろうな」という順番なんですよね。

ーー「グラミー賞をとる」というよりは、「日本以外の場所でちゃんと三浦大知の存在が認識されている」という方に主眼があるわけですね。

三浦:僕はすごく日本語が好きで、日本語の音楽がもっと世界で聴かれるといいなと思っているんです。三浦大知としてそういう流れを作れれば最高ですし、それができればグラミー賞というものがついてきてもおかしくないのかなと。あとは僕が起点じゃなかったとしても「日本の音楽は面白い」みたいなことが世界に伝わったらいいなと思っていて、その中に三浦大知の音楽も位置づけられていたら嬉しいですね。

ーーこの先国内のシーンにおいても、もしくは海外に向けてという局面においても、三浦さんの存在感はますます強くなっていくと思います。これまで三浦さんは宇多丸さんやKREVAさんといった先輩方にフックアップされてきた側面もあるわけですが、ご自身も年齢を重ねて影響力を持ちつつある中で、「こういう後輩を引き上げていきたい」というようなことを考えたりはしますか?

三浦:具体的にはまだわからないですが……これはKREVAさんにも言っている話なんですけど、「こいつめちゃくちゃいいんですよ」って自分の後輩をKREVAさんに紹介できたらそんなに嬉しいことはないなと思っていて。自分の大好きな先輩と大好きな後輩がつながっていて、それをつなげたのは自分、ってほんとに素晴らしいなと。そういうことができたらと考えるとすごくワクワクしますね。その後輩はもしかしたらミュージシャンではなくてたとえば料理人とかかもしれませんが(笑)、どんなジャンルであれクリエイティブな面で刺激になる次の世代の人たちとこの先出会えることを楽しみにしています。

ーーありがとうございました。今日お話を聞かせていただいて、三浦さんはすごく「ハブ」になるという意識が強いというか、ご自身の表現のレベルも高めるだけではなくて、いろいろなものをつなげる役割を果たしていきたいのかなと思いました。「チーム」という考え方だったり、日本の音楽を海外に知らせる存在でありたいというお話だったり、世代間の橋渡しであったり。

三浦:そうですね……もちろん、三浦大知として何かを成し遂げたいという気持ちはありますよ。「死んでから評価される」みたいなのは嫌ですし(笑)、現役で活動している間に「面白いことやってるな」と思っていただきたいです。ただ、それだけではなくて、「あの時代に三浦大知がいたからあそこでああいうものが登場した」とか「三浦大知のおかげで日本の音楽のこういうところがフラットになった」とか、何かが生まれたり動き出したりするきっかけに自分がなれていたら、すごく幸せですね。今後活動を続けていく中で、そういうことに少しでも多く関われたらいいなと思っています。(レジー)

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