スキンヘッズ、サイコビリー、パンクス…日本ではなぜ仲が良い? 田中昭司×柳家睦×ISHIYA座談会|にゅーじっく

2017年11月24日

スキンヘッズ、サイコビリー、パンクス…日本ではなぜ仲が良い? 田中昭司×柳家睦×ISHIYA座談会

1: 名無しさん 2017年11月24日 13:00:51 ID:0.net

スキンヘッズ、サイコビリー、パンクス…日本ではなぜ仲が良い? 田中昭司×柳家睦×ISHIYA座談会

2017年9月、日本のスキンヘッズシーンの中心的存在とも言われるバンド・鐵槌が、結成27年目にして初のシングルを発売した。彼らは日本にスキンヘッズシーンを築いたバンドであり、国内はもちろん海外でも高く評価されている。ボーカルの田中昭司と、当サイトでライターとしても活躍しているパンクバンドFORWARD/DEATHSIDEのボーカル・ISHIYAは30年来の仲だ。しかし、これは日本独自の関係性だという。海外ではスキンヘッズ、サイコビリー、パンクスといった各シーンには大きな隔たりがあり、交わることはないそうだ。ジャンルを越えた交流は極めて特殊なことなのである。

そこで今回リアルサウンドでは、スキンズ代表田中、パンク代表ISHIYA、さらにサイコビリー代表としてBATTLEOFNINJAMANZ、柳家睦とラットボーンズのボーカル・柳家睦を迎えた座談会を行い、日本と海外での各ジャンルの違いや時代の流れとともに変化するシーンの状況などについて大いに語り合ってもらった。(編集部)

(関連:柳家睦とラットボーンズが歌う、アウトローの悲喜交々パンクスの心を掴む笑いとDIY精神とは?)

■海外のスキンズ、サイコビリー、パンクの特徴と関係性

ISHIYA:今回の座談会は、そもそも日本のスキンズとサイコビリー、パンクって仲が良いけど、それって世界的に見るとおかしいんじゃないかってところから実現した企画なんだよね。

柳家睦(以下、柳家):本当におかしいですよ。

ISHIYA:睦は海外に行ったことがあるから聞きたいんだけど、海外のサイコビリーってどんな感じなの?

柳家:土地にもよるんですけど、ドイツはみんな仲良くやってる感じ、チェコに行ったときはスキンズまではいかないですけど、バイク乗りとかそういう感じの客はいましたね。そのときのうちのギターがハードコアのやつで、一人クラストのオタクみたいな客に「なんでお前はクラストなのにサイコビリーなんかやってんだ」って絡まれて。俺もAntiCimexのTシャツ着てたら「なんでお前はサイコビリーなのにこんなTシャツ着てるんだ」って。

田中昭司(以下、田中):それはおかしなことなの?やっぱり。

柳家:それでそいつに話を聞くと、別の会場でスキンズのやつに話しかけられて、この前のGIGでスキンズにクラストがブッ飛ばされて入院したって話を自慢げに言ってくるから、なんでスキンズはそんな悪自慢をするのかと。そのとばっちりが俺らに向けられてたんですよね。

ISHIYA:サイコビリーとスキンズの関係は向こうではどんな感じ?

柳家:微妙じゃないですか。それこそ90年代初めは、雑誌に載っているナチ系のデモにサイコ刈りがいたりとか。

昭司:スキンズ自体もテッズからの流れだからね。テディーボーイがモッズに行った連中とテッズに行った連中と分かれて。

ISHIYA:海外のスキンズシーンはどうなってるの?

昭司:結局RACとSHARPで分かれてるんだけど。

ISHIYA:RACは人種差別とかネオナチの極右思想っていうのは知ってるけど、SHARPっていうのは?

昭司:RACと逆だよね。人種差別反対。それで分かれてる。今でもRACはタブー的なものとされていて、RACを昔やってただけで、ネットで「昔こういうバンドやってました」って書かれて叩かれちゃう。実際、RACは愛国心から人種差別的な思想につながってるんだけど、SHARPの方は、人種差別をしなければあとは何をやってもいいという感じ。薬も女も何しても関係ないって感覚なんだよね。

ISHIYA:人種差別だけはだめってことね。

昭司:そう。人種差別はいけないっていう、そこの一点だけの価値観で分かれていて。だからといって、そのほかは何してもいいっていうのはねえ。

ISHIYA:レイシズムが、世界ではかなりのポイントになってるってことだね。でもそこは大事だと思うよ。

柳家:Meteorsも「ジャンルなんか関係ねぇよ。メタルだろうとなんだろうと来いよ!その代わりアイルランド人以外な」って明言してますね。なんでアイルランド人だけダメなんだって。

昭司:人種に対する愛が深すぎるんじゃないの?自分らの血族はっていう思いが強いんだろうね。

ISHIYA:日本だとそう理解するってこと?

昭司:俺たちはね。自分の国が一番好きだしさ、そういう当たり前のこと。

ISHIYA:でも海外ではスキンズとパンクスは特に相容れないよね。

昭司:なんでそうなってるの?

ISHIYA:思想じゃないの。スキンズにはナチが多いから。

柳家:僕がドイツツアーをまわったときに、リーダーのやつがずっとドクロの横向きのナチの紋章とか見て「いいねぇ〜」みたいなことを言うんですよ。そうしたらサイコビリーのやつが「あいつは元々東の方でネオナチだったんだよ。でも今はネオナチじゃないからこうやってツアーとかまわれるんだけど」って言ってて。ツアー中もスキンズの襲撃がくるとかいう噂があったんで「おお〜!怖ぇのかな?」なんて言いながらツアーしてたんですけど、その人がいたから実はなかったのかなって。そういう役割の人はいましたね。

ISHIYA:俺の知ってるパンクシーンは暴力的だったりすることもあるけど、海外のパンクはすごく真面目なやつも多くてさ。不良とか悪いやつはみんなメタルになるんだよね。アメリカだと特に。ハードコアだと、海外ではクラストとかDIYって言われるシーンが中心で、文化系みたいな感じが多いんだけど、中にはイカツイのもいて、そういうのが警官やレイシストとぶつかったりしてる。イギリスでナショナルフロントって政党ができてスキンズたちを煽ったじゃん。あれからスキンズがそうなっていったんだよね。政治利用されちゃって。

昭司:まぁそうだよね。

ISHIYA:パンクスだと政治利用はされない側にいるんだよ。とにかく反体制だから。ロックバンドとして有名になっていくバンドは、もちろんそこは音楽ありきなわけで。

昭司:政治なんてさ、そんな音楽やりながらしっかりやれるものではないよね。

ISHIYA:真剣に政治のことを考えて音楽にしているやつはたくさんいるよ。でも俺が思うに素晴らしくかっこいいのは一部だけだと思う。素晴らしい思想で、素晴らしい人間なんだけど音が残念ってのはあるね。

昭司:伝えるにはそれでいいけど、音楽にするならかっこよくないとね。

ISHIYA:かっこいいバンドもたくさんいるけどね、CRASSとかCONFLICTとかさ。本当に国家から煙たがられる存在だったし、あれは本物なんじゃないかな。海外のパンクスにも、デモに参加したり、日常生活で警官やネオナチに対抗する人間はたくさんいるからね。

柳家:僕が思うに、国によって違いがあるのは、生まれ育った環境や宗教が何か関係してるのかなって。

ISHIYA:確かに海外だと宗教はでかいかもしれないね。

柳家:Meteorsが言ったアイルランド人が嫌いっていうのも、プロテスタントとカトリックの争いに尽きるんじゃないですか。ひっくるめて結局そういう国対国みたいな感じになってくるのかなって。

ISHIYA:でもそれって危ないよね。スキンズは白人と黒人とかそういう人種間の問題じゃないの?

昭司:白人同士の中でもあるよ。だから結局自分の国ありきの考えの人が多いよね。自分の国には自分の国の言い分、自分の正義があるわけじゃん。

ISHIYA:例えば同じ宗教じゃないとバンドを組まないとかはないの?

昭司:それはどうなんだろうね。例えばイスラムのスキンズもいるけど、それを表に出してやってるスキンヘッドはいないかもしれない。RACにも、それを表立って言わないでやってるやつらもいる。

ISHIYA:パンクだと無宗教っていうことを表に出すね。反宗教とか。

昭司:じゃあさ、その無宗教の人たちは神様に祈らないわけ?

ISHIYA:一切を否定すると思う。

昭司:根本的に違うよね、日本人と。別に俺は宗教どうこうじゃないけどさ、神頼みするもんね。必ずさ。それは体に染み付いてるっていうか。どの神様にお祈りってわけじゃないけどさ。

柳家:無宗教でありながら神様が近い存在にあるんですかね?

昭司:例えば自分の死んだ親父とかも、守護霊というか神様みたいなものじゃん。

ISHIYA:神というものを特別視してないよね。

昭司:してないね。してないけど常にいるものだっていう自覚はあって。海外は1人しかいないから、神様が。俺ら八百万だから。それが普通だから。とにかく色んな価値観の違いはあるってことだな。

ISHIYA:価値観の違いを認め合えてるかどうかが、スキンズ・サイコビリー・パンクスが仲良くやっているのかにもつながってるのかもしれないね。でも、海外でもパンクスとサイコビリーは仲が良いよね?

柳家:そうですね、仲良いですね。Rancidとかがアメリカでシーンを作ってから変わった気はしますね。一方でサイコビリーはサイコビリーしかないんですよ。やつらはロカビリーとも仲悪いし、テッズとも仲悪いし、孤立ですよね(笑)。

ISHIYA:俺が高校生ぐらいのときにTheRockatsとかMeteorsとか聴いてたから、ハードコアパンクと時代的にはあんまり変わらないんだよね。

昭司:新宿にあったツバキハウスで一緒に流れてたからね、DeadKennedysとかKingKurtとか。

柳家:フランスの方だと、スキンズとかパンクスとかの写真を撮ってる人の本の中に、サイコ刈りでバット持ってるやつが載ってるのがあるんですよ。その文章に「俺たちはサイコビリーじゃねぇ」みたいなことが書いてあって、俺たちはガキのころ「これサイコビリーだよな?ヤベーじゃん」って言ってたのに(笑)。90年代前半ぐらいだったんで、ちょっとエクストリームも入ってきてる感じで、サイコビリーもどんどんクロスオーバーしてる時期だったんですよね。メタルっぽくなってきたり。

ISHIYA:サイコビリーは、基本的にどんな思想を持っているの?

柳家:Meteorsとかの取り巻きは、アメリカではだいたい組織的なバイク乗り。意外と国で違うんですよね。スペインでやった僕らのライブのときなんか3団体ぐらいやって来て、どういうのかな?って思ってた。あんまり深くは知らないですけど、ドラッグディーラーだったりバイク乗りだったりっていう人たちは、酒飲んでドラッグキメてグワーッてやるのがサイコビリーだと。もの凄い暴力的な空気だったんで、それがサイコビリーの醍醐味みたいにクローズアップされてるんだろうなと思いました。

■“不良文化”から広がった音楽

ISHIYA:俺が最初にサイコビリーを聴いたのが高校生のときで、その頃は原宿の歩行者天国でローラーが踊ってたじゃん。日本は確実にあれがデカかったと思う。

柳家:ああ、クリームソーダとか。

ISHIYA:不良文化の原点が原宿にあって、そこにみんな集まって来て、元々不良で仲良かったやつらが音楽に目覚めて枝分かれしていったから仲良いのかなって。

昭司:そうかもしれない。根本は一緒なんだよな。

ISHIYA:そういうのが海外ではすごく不思議に映ってると思うんだよ。

昭司:まぁはじめから違うんだろうね。根っこも違うし。

柳家:いやでも俺は、地方に行くと仲良いのがあり得ないって言われますよ。この前なんか地方のサイコビリーの子が「睦さんは昭司さんの誕生日の司会やったんですか?」って言われて。別に司会じゃなくて、マイク持たされて喋ってみたいな感じなんですけど、そういうこと自体が「何でそこにいるの?」っていう、その価値観ですよ。何でって先輩だし兄貴だろ!お前そこにジャンル関係あんのか!っていう。

ISHIYA:でも世界的に不思議なのはそこなんだよ。その地方の子が「何で?」っていうのは世界中が思っていることで、日本のパンクスでも俺が昭司と仲良いのがわけわかんない人もいるみたいだし。かなり昔から仲良いんだけどね。

昭司:バンドやってない頃からだもんな。

ISHIYA:その「何で?」ってところが俺らにとっては当たり前じゃん。それを表に出していることによって、疑問に思ってる人がいても、訊けないし口に出せないところもあるみたいでさ。

昭司:みんな違いはあるけどさ、それはジャンルと関係ないもんね。

ISHIYA:それが普通はジャンル関係あるわけよ。思想とか文化が違っていて、相容れない文化や思想とは敵対する、みたいなのが基本的な構造だったりするんだよ。

昭司:でもそれ言ったら、それこそが戦争の原因だからね。世界中の戦争の原因なわけじゃん。ちょっとした宗教の違い、考えの違いでそうなって行くわけでしょ?一番くだらないと思うんだけど。

柳家:日本でも仲が良いのは、僕は東京だけだと思いますけどね。なんとなく。

ISHIYA:地方は違うのかな?

柳家:全部ではないと思いますけどね。上の世代の人たちが仲良いとそういうもんなんだってなるところもあるじゃないですか。例えば高円寺三中と高円寺四中の番長が仲良いと、んじゃ同じ一年生も仲良くやるべって絶対あると思うんですよね。

ISHIYA:なるほど、昔の不良文化みたいな感じね。不良文化では先輩後輩っていうのが絶対的なものじゃない?

柳家:俺は結構それはあるかもしれないと思ってます。この中でも一番年下だし、結局出る杭は打たれるみたいなところはあったから。とりあえずつっぱってないとヤバイじゃないですか、頼るところもないし。でも年を取っていって、頼るところがパンクの兄貴だったり、スキンズの兄貴だったりしたから、なんかジャンルって言われると、俺は本当に「そんなもん関係ねぇよ」ってなっちゃうんですよね。

ISHIYA:若い子たちは、俺たちが仲良いからっていうのがあるのか。

昭司:それはあるんじゃない。それもみんな好き勝手やってきた結果だと思うけどね。みんな上に従ってやってきたわけでもないし。

柳家:逆に若いときどうだったんですか?バチバチ喧嘩とかしなかったんですか?2人以外で、パンクスとスキンズで。

昭司:スキンズになってからはあったな。昔はスキンズがいなかったからね。

ISHIYA:そうだね。東京は昭司なんかが最初だもんな。昭司はなんでスキンズになったの?パンクだったのに。

昭司:もうハードコアは、凄かった人がいたからね。ハードコアも好きだったんだけど、自分で新しいものをやりたかった。

ISHIYA:シーンを創り出すっていうような意識もあったの?

昭司:人の下につくのが性に合わなかった。

ISHIYA:睦もそうじゃん?

柳家:そうですね。ウチら世代だけでいるのが楽しかったっていうか。

ISHIYA:その前にもサイコビリーバンドはいたんだけど、盛り上がったのは睦なんかが出てきてからだし、それからシーンが出来上がったじゃん?なぜそうやろうと思ったのかな?

柳家:サイコビリーだけ格下って言ったら変ですけど、誰も知らないし、毎年毎年「サイコビリーって何?」って言われるから、じゃあ大きいのを何かやるしかないだろうって。それから「毎年言わなきゃいけないことなんだな」と思って。

ISHIYA:昭司は『ICEPICK』、睦は『TOKYOBIGRUMBLE』っていう企画ライブをやっていて、それで定着させていったっていうのがあるよね。

昭司:ISHIYAだって『BURNINGSPIRITS』やってんじゃん。日本は結局メディアで盛り上がってるのが一番凄いと思ってるような、そういう人種だから。でも今は何やってもいいからね。それはサイコビリーだろうがスキンだろうがハードコアだろうがさ。ISHIYAは何でハードコアを選んだの?

ISHIYA:最初は何でも良かったんだけど、音楽は好きでさ。それでハードコアパンクを聴いてライブに行ったら、とんでもない世界がそこにあったんだよ。「世の中にこんな場所があったのか!」みたいな。そのショックは未だに尾を引いてると思う。

昭司:まぁそうだよな。結構居心地良かったもんな。ハードコアパンクが源流っていえば源流だな。昔は選択肢がなかったよね。

柳家:俺が思うに、80年代は音楽を体験していた人数が今より純粋に多かったと思うんですよ。だから今になってみると80年代の音楽って、先輩たちだけの音楽なのかなって思うときがある。お客さんもみんなそうじゃないですか。そのまま底上げで。そういう背景があるから、シーンとしても変わらないのかなって。

昭司:それは新しくなった方がいいんじゃないの?客的には。

柳家:でも、支えてるのは結局上の人たちですよ。お客さんとして来てる人も。うちの娘の友達なんか、バンドはそんなにかっこいいもんじゃないって言ってましたし。

昭司:うちの娘はバンド大好きだよ。その辺は若い子たちの中にも考え方が色々あるんだろうね。

柳家:昔は世代的に音楽をやっている人数も多かったし、変わり者の宝庫だったじゃないですか。それを見て自分もそうならなきゃいけないんじゃないかって思ったのが、もしかしたら僕ら世代が最後なのかもしれないですね。

ISHIYA:でもメタルは受け継がれていってるよね。俺らの前の世代にもメタルの人たちはたくさんいたし、俺らの下の世代でもメタルをやってるやつはたくさんいるわけで、メタルバンドってなくならない。

柳家:俺、メタルとロカビリーは様式美じゃないかと思ってるんですよ。普遍的なものであって、それを音楽にもファッションにも取り入れていくのが基本なんじゃないかなと。そういう様式美を重要視するようなところがロカビリーは全然変わってないですね。

ISHIYA:ハードコア界隈でも東京だと違う感じになっちゃうんだよね。モヒカンに鋲を打った革ジャン……とかじゃなくて、サウンドはハードコアだけど、ハーフパンツ履いて見た目は一般的みたいな。若い世代にはそういう人が多い。あとはポップ路線なパンクロックやメロコア的なところには若い子は多いけど。

昭司:それがハードコアだと思ってるやつらがいっぱいいるから。

ISHIYA:ハードコア好きな連中は、たぶん昔だとそういうところで怒ってたんだろうね。それでそういうバンドのライブを潰しに行っちゃったりする(笑)。そういうのが今はもうないからね。

柳家:そういう話にワクワクしてましたもん。やっぱ行くんだぁ〜って(笑)。

昭司:そうだよね(笑)。

ISHIYA:俺もハードコアって呼ばれる中でライブをやってて、色んなライブに出てるけど、昔と違う感じにはなってる。ビートは速いし、ハードなリフとかサウンドで、確かにハードコアな音楽なんだけど、ハードコアな感じがしないんだよね。

昭司:お前が持ってるアイデンティティとまた違うんだよ。価値観が。

ISHIYA:俺はガキの頃に見た先輩方の、めっちゃめちゃな感じに憧れたんだよね。カッコイイなって思ったんだよ。

昭司:そういう人にはたぶん憧れないんだよ。今の人たちはしっかり未来設定してるからさ。パンクやってても食えるっていう世の中なわけじゃん。

ISHIYA:食える食えないが基本になっちゃってるのか。

昭司:将来的なことも考えて、それをやってても生活の足しにすることができるような感じでさ。

柳家:逆に今の若いやつらが凄いなって思うときもあるんですよ。俺ら世代から上の人たちは人数が多いからか、やり逃げの人が多くないですか?ちょっとかじって、都合のいいところで社会人になっちゃって。でも今の子たちは、生活の延長線上にバンドがあるるから。この前一緒にライブに出たアイドルは、年に200本ライブって言ってましたよ。それ聞いて、本当にある意味ハードコアだと思いましたね。そういうやつもいるから今の若いやつはシビアというか。

ISHIYA:常識的な人が増えたってことはあるのかな?音楽とかバンド、不良文化の中にも。

昭司:音楽自体が不良の文化じゃなくなったってことだよな。

ISHIYA:サイコビリー、スキンズ、パンクなんて不良文化が音楽になったようなもので、それがないとその音にならないでしょ。

柳家:でも、その不良のまんまで行ってたら、シーンは無くなってたかもしれないですよ。みんなで殴り合ったりするのも、最初は本当の殴り合いでしたから。それをだんだん和気あいあいにしねぇと続かねぇよなぁってやってきたわけで。たまに好きな曲になると熱くなる子がいたりするのを見ると、まだこのシーンも捨てたもんじゃないなって気持ちにはなりますけどね。

ISHIYA:パンクでも、暴力が前ほど日常的じゃなくなったと思う。海外は元々音楽と不良文化が離れてたのかな?音楽と最初から繋がってたのは日本だけな気はするんだよね。

柳家:『グッドフェローズ』っていうギャング映画では、時代時代の音楽が使われているんですけど、それぞれを不良の音楽として流してないんですよ。最後にはジミヘンがかかったりして。そういう映画とかの影響から音楽と不良が繋がっていくのかなって。

昭司:日本は元々演歌で、ハードコアやパンクはあとからきたものだからね。それが俺たちには合ってたんだよね。

■日本では考えの違う人間でも音楽を通して仲良くなれる

柳家:音楽だけの先輩よりは、人間として付き合っててどういう人なのかっていうのもありますよね。たまたまジャンルが違うってだけで。熱くなればジャンルのことは出てくると思う。だから先輩には失礼かもしれないですけど、音楽があってよかったですよ。

昭司:今は整然としてるからね。みんな従う人になってしまってるというか。従わない人が多かったじゃん。抑えるものもできてなかったし。今は整っちゃってるから。なんかやれば、そこら中にカメラがあってさ。今は人間も変わってきてるんだろ。

柳家:でもそうじゃないと続かないですもんね。

ISHIYA:続けようと思ったからなんだろうね。たぶん続けようなんて思ってなくて好き勝手やってたら、たまたま続いたっていう人が多いとは思うんだけど、やってるうちに「これは続けたら楽しい」って気づいたんだろうね。生き甲斐があるし。

柳家:そうですね。そう思ってるやつがほかにもいて、そういうやつと仲良くなって……というのはありますよね。

ISHIYA:昭司はパンクとかサイコビリーに対して、どこに魅力を感じる?

昭司:全部に感じるけどね。かっこいいなと思う。

ISHIYA:それは音楽的なところ?

昭司:音楽的にも人もそうだけど。やっぱり残ってるやつは円熟してるよね。海外だと思想の違いもあるんだろうけど、考え方の違いで殺しあうほどのものなのそれ?っていう気がするよね。ガキの頃は気に入らねぇとかあるだろうけどさ、殺すほどのもんじゃねぇだろ。ちょっと幼稚だよ。右や左って言ってさ、それぞれの悪口を歌にしてごちゃごちゃ言うのとかさ。

ISHIYA:向かうところが違うと思うよ。

昭司:そう。それを聴いてるやつらが、何か楽しいことがあるのかよ。

ISHIYA:外に向けていかないとね。闘う方向を間違えるなって。

昭司:それこそガキの頃の喧嘩レベルというかさ、そこから全然脱してないでしょ。そんな気がするよね。

柳家:そんな人たちばっかじゃないですか。海外の考えも円熟味増してねぇ〜みたいな。僕なんかが先輩たちや怒ってる人たちを見てると、考え方は全然違うんだけど最終的にどこへ行くかっていうのは意外と一緒だなって思ってるんです。前に進む中でこういう考えなんだって思うし、それがパンクだったりスキンズだったりってなれば、そこにも色が出てるんですよ。スキンズの考え方とパンクの考え方では根本がちょっと違っても、突き詰めていくと同じようなことを言ってたり、優しさが一緒だったり。

昭司:交わるところがあるよね。それぞれが違う輪なんだけどさ。

ISHIYA:ちゃんと受け入れ合ってるんだと思う。でも、海外はたぶん、少し似た部分があると排除していくんだと思う。違う思想なり何なり敵対するようなものなのに似てるのが嫌なのかもね。

柳家:この前海外のライブを見てたら、同じバンドでも「俺はこうだ」「それはわかった。でも俺はこうだ」「それはわかった。でも俺はこうじゃん?」これいつまで続くんだ?って。「わかるわかる、それわかる。でも俺は」って、認めてから個人を主張するんですよ。そうなってくると「俺パンクだから」「いや俺スキンズだから」「それ知ってんだよ」って堂々巡りになるから、日本では仲良くやってるのがびっくりするのかなって。

ISHIYA:結構海外のやつは本当にびっくりするんだよね。「スレッジハンマー(鐵槌)はレイシストじゃないのか?」って聞かれることもあって、「違うよ、あいつとは昔から仲良くて、ロックとかパンクやハードコアも好きだし」って言うと「本当か!」ってびっくりしたり。

昭司:音楽が好きでみんなやってんだからさ、繋がるところが絶対にあるわけじゃない。思想が邪魔してるんだよね。

ISHIYA:そこを認めるか認めないか、受け入れるか受け入れないかってところだね。たぶん日本に限って言うと、認め合えるところが多いんだろうね。悪いところじゃなくて良いところを見るから。あそこかっこいいじゃん、ここ良いじゃんって。それが世界でも珍しい日本のシーンなんじゃないかな。

柳家:海外基準の善悪(宗教観)は共存することを断絶する傾向があると思いますが、この座談会のように音楽のしかもアンダーグランドの良いところは、考えの違う人間でも音楽を通せば仲良くなれるというところだと思います。海外では当たり前って考えを鵜呑みするより、この日本で経験したことが大切だと感じました。

昭司:これから海外に出て行くやつら、ロックをするやつら、海外に寄せるんじゃなく、てめえの方に海外のやつら、ギグに来るやつらを寄せなよ。たった一度の人生やりたいように生きれば良い。己の中から出てくる音を聴かせて欲しい。終わりがくるその日まで。

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